マッドハッターの保存の壺ブログ
ゲーム、小説、オカルトニュースなど気になったことを、日記として徒然に書いていく予定です。
「あしたのジョー」に関して少しだけ
先日からYoutube動画でBSマンガ夜話を観ているわけだが…
マンガ夜話と姉妹編のアニメ夜話で「あしたのジョー」回を観てみた。

漫画史に残る名作「あしたのジョー」だけあってそれはそれは濃い内容(汗)。
マンガに関しては原作者高森朝雄こと梶原一騎と作画家ちばてつやの葛藤が生んだ奇跡の作品である、との意見でまとまっていたように思う。
梶原の求めるもの(書きたい事)とちばの求めるもの(描きたいもの)の相克が生んだ奇跡のバランスで物語が成り立っている、という意味だと思った。
さらに相乗効果をも生んでいる。
その顕著な例が梶原の生んだヒロインである白木葉子であり、ちばの生んだヒロイン紀子に象徴的に現れている、と。
なるほどな~、と思った。

アニメ夜話は実はたった今観たのだが、アニメ版「ジョー2」の世界観の危うさに最後に触れていた。
これは私は放映当時観ていて、あまり気にならなかった部分であった。

実は私は漫画「あしたのジョー」世代ではない。
アニメのファースト「あしたのジョー」で初めて作品に触れた。
小学生の頃だったと思うが、「こわいテレビ漫画だ」と思って好んでは観ていなかった。
その後、漫画を読みアニメ「ジョー2」を観た。
アニメ版ファーストは1970年、2は1980年にアニメ化されている。
夜話でも語られているが、1970年という年は大阪万博あり、よど号事件があり、三島由紀夫事件のあった年。
日本がまだ戦後を引きずり、また高度成長期の末期であり、バラ色の未来を志向していた年代である。
けんかっ早い浮浪児が、ドヤ街の酔いどれボクサー崩れのおっちゃんに見込まれ、ボクシングに生き甲斐を見つけ、やがて世界戦に挑む…という物語がまだリアリティを持っていた時代、と同時代に漫画を読んでいた私よりも少し年上の岡田斗志夫氏などは感じていたようだ。
が、アニメ「ジョー2」はそう言う意味ではリアリティが無かった、と言うことらしい。
これはゲストの唐沢俊一氏や大槻ケンヂ氏も語っていた。
80年代に、当時の現代を舞台に描かれる「ジョー2」では不自然すぎる、また…元の作品の全てを支配する時代感とでもいうべきものをぶちこわしにして、作品が滑稽なものとして目に映ったようなのだ。

私は「ジョー2」は放映当時観ていた。
凄く面白くてはまって観ていた(汗)。
ちょうど「ガンダム」と同じ年の放映だ。
アニメファースト「ジョー」は怖い印象だったが、それは無くて…アニメ夜話の言葉を借りればスタイリッシュな「ジョー2」アニメが私にはスタンダードなものになってしまった。
作画の問題などは実際に夜話を観ていただけるといいのだが…

では何故私は岡田氏や唐沢氏のように違和感を感じなかったのだろう?
泪橋周辺のようなドヤ街など、近隣には勿論ない。
現代のホームレスではない、浮浪者はいないことはなかったが…浮浪児など見たことはなかった。
「ジョー」は梶原的物語として最底辺からの成り上がりというのも一つのテーマだと思うのだが、

私がそこに違和感を感じなかったのは、「東京や大阪のような都会には、きっとまだこんな世界があるんだ」と思っていたからかも知れない。
「ドカベン」の長屋みたいな(汗)。
今日書きたかったのは、これだけ(笑)。

おまけ。
ファースト「ジョー」だったか、原作漫画だったかにあったシーン。
丹下段平がジョーをスカウトし1日500円の小遣いを与える代わりに段平の設定した訓練メニューをこなす約束をする、というエピソードがある。
ジョーに小遣いを与えるため、段平は朝から土方仕事に出掛ける。
ジョーは元々そんな約束など守るつもりはなく、遊びほうけている(パチンコに行ったりとか)。
段平は昼飯替わりに10円のアンパンを食べているが、土方仲間に同情され弁当を分けて貰ったりしている。

さて、この時代の10円とか500円とかは一体どのぐらいの価値があるのか?
以前ちょっと調べたこともあるのだが、アニメファースト「ジョー」に次のようなシーンがある。

力石戦後、ジョーはどさ回りボクサーとして地方を巡業することになる。
その時駅のラーメン屋でラーメン一杯に100円硬貨を支払っている。
つまりラーメン一杯100円…
所謂ラーメン専門店ではなくて、大衆食堂的な店として描かれていた。
ちょっと安めに考えて100円=500円ぐらいじゃないかと。
実際うちの近所の大衆食堂はラーメン一杯500円だった、ごく最近まで。
てことはジョーの貰っていた500円のお小遣いは現代では2500円ぐらいか?
丹下ジムという居住できる家も確保しているわけだから、月に75000円のお小遣いと考えれば、悪くない額だ。
国民老齢年金ぐらいだな(汗)。
そして段平は昼食に50円のあんパンを食べ、夕方にはジョーのために夕食を作っていた。
泣ける><。
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コメント
先日、電子書籍サービスサイトで梶原一騎作品(「あしたのジョー」「巨人の星」「タイガーマスク」)の1巻だけが無料というキャンペーンを行っており、恥ずかしながら未読だったこともあってダウンロードしてみました。
さすがに梶原全盛期、どれもムチャクチャ面白かったです。
ジョー1巻はボクシング試合すら行われず、延々と荒んだ長屋世界が描かれており、ちば先生の明朗なタッチが無ければ本当に陰々滅々としていたことは間違いないですね、これ。
ジョーがまたひねくれた嫌な奴で、おっしゃっていた段平の500円を遊興に費やすあたり、本当に頭に来ました(笑)

巨人の星も覚えていた印象と違い、一徹が意外とコミカルなダメ親父の面があったり、飛雄馬もけっこう言い返してたりと中々発見がありました。
やはり基本は押さえておかねばなあ、と思った次第です(^_^;)
2016/08/18(木) 04:50:17 | URL | @2c #SFo5/nok[ 編集 ]
Re: タイトルなし
ジョーと巨人の星は漫画版を読みましたが、おそらくタイガーマスクは全巻読んでないですね(汗)。
アニメの印象が特に強いです。
最終回でマスクを剥がれて、伊達直人の血まみれの素顔が晒されるシーンは印象的でした。
ちびっ子ハウスのルリ子先生がそれで衝撃を受けたりとか(笑)。
今思えばちびっ子ハウスという孤児院のネーミングも衝撃的ですが(汗)。

主人公は勿論ですが、ジョーにおける段平と巨人の星における一徹の対比も考えてみると面白いですよね。
段平は父性と言うより母性(笑)をジョーに注いでますが、一徹はまさしく乗り越えるべき親殺しをするべき父(敵)として描かれていて面白いです。
巨人の星には明子ネーチャンがいるからかなぁ。

>段平の500円
ほんとにねー。
酒浸りのその日暮らしを行っていた段平が、ジョーの才能を見いだし惚れ込む。
重労働で稼いだ金をジョーは段平との約束すら守らずに浪費する…。
浮浪児ジョーにとっては段平は単に利用するべき相手でしかなかったのでしょうし、段平にとってもジョーは(自分の果たせなかった夢を勝手に託した)利用するべき相手でしかなかったのでしょう。
そこに力石が現れることで、見事にこの二人が共通の目的を持った同志になるくだりは面白いですよね。
物語として、その後信頼関係を築いていく…そして金戦での段平のジョーへの裏切り。
これは切ない。
段平はボクシングで世界をとることよりもジョーの身体の健康を優先するわけで、もう母親そのまんま(笑)。
ジョーはそんな段平を振り切って極限に至る減量をし、試合に臨むわけでこれもやはり親殺しの物語ですよね。
ジョーが何故バンタム級にこだわるのか?を説明する部分も涙が出ましたよ。

アニメ夜話で、大人になったマンモス西とノリちゃんに対して青年(少年)であり続けるジョーと葉子ってのが語られてました。
自分の理想のままに命をかけるジョー。
葉子もいずれその危うさに気付き、ホセ戦直前にジョーを止めようとし更には試合会場から逃げ出します。
結局葉子は試合会場に戻りジョーを励ます。
試合を続ける事が死を意味しているとしても、ジョーを励まさざるを得なかった。
葉子に反発的だったジョーが試合の最後でグローブを差し出す相手は葉子。
ジョーが初めて葉子を認めたということでしょう。
段平(母親)でも西(友達)でもなく、ノリちゃんでもサチでもない(笑)。
おそらく力石やカーロスと同等の同志として葉子を認めた。

なんだか書いているだけで切なくなってしまいました(汗)。
「あしたのジョー」は世代を超えて読んで欲しい作品ですね。
アニメも観て欲しい。
2016/08/18(木) 22:24:08 | URL | マッドハッター #QxbLVY.o[ 編集 ]
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