マッドハッターの保存の壺ブログ
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「死刑になっても本当に無罪であれば天国に行ける」と語る裁判官
ちょっとたまげたニュース。

イラン人 死刑の前に、無罪であるならば天国へ行くと約束される © Flickr/ Global Panorama
社会
2016年05月18日 14:14


以下引用。

イランの裁判官は、刑の言い渡しを受けた者がもし無罪であるならば、絞首刑のあと天国へ行くと述べた。イランの人権活動家たちの情報通信社HRANA Newsが伝えた。

イラン・ロレスターン州出身の容疑者は、薬物に関連した犯罪で絞首刑を言い渡され、死刑が執行された。
死刑となった容疑者の妻によると、裁判はわずか2分で、裁判官は容疑者に罪を認めるよう求めたという。容疑者が「私は無罪なのに、なぜそのようなことをしなければならないのか?」と尋ねたところ、裁判官

「何が問題なのだ?もし君が本当に無罪であるならば、死刑のあと天国へ行くだろう」と述べたという。
また容疑者の妻は、調査の過程で夫が拷問を受け、殴られたと主張した。


裁判官、それあなたの職務を否定している。
この論理?だと「疑わしきは罰せよ」で神様に全て自らの職務を任せているわけだ。
裁判官が存在する必要ないよな(笑)。

私が宗教に否定的な理由の一つはまさにこれだったりする。
上手く伝わるかどうかわからないが…

これは私の言葉ではないが「現世を予備校のように考える」のがいやなのだ。
現世での行いを採点され、天国なり地獄へ行く、ってそういうことだと思う。
つまり現世とは神という全能者による試練(試験、テストといってもいい)である、という考え方。
犯罪行為の抑止にはある程度意味があると思うが、弊害も当然ある。
そもそも天国だの地獄だのの根拠は何だ?
それを言うなら全能者なる神の根拠は?
それすら定かでないのに、「良い点数とって天国に行こうね」などと言われてもナンセンス。
しかも宗教・宗派によってその基準は異なるわけだ。
ISの兵士にとっては是であることが、他の多くの人にとっては非であることは明白である。
イデオロギー的な事に関して「真実は一つ!」…と私は思わないが、信者や聖職者にとってはそうではないわけで、とある宗教にとっては他の宗教は「虚偽の宗教」となる。
結果争いの元となる。
ISの例を挙げるまでもなく、歴史上の戦争の多くは宗教戦争でもあった。
宗教を前提とした生存権を巡っての争いであることは言うに及ばずだが。

私は現世で幸せになることを選びたい。
もちろん全うに生きて。
あるかどうかもわからない天国とか地獄とかに振り回されたくない。
日常でも当然戦いはある。
それは上にもかいた生存権の争いだ。
それだけで十分疲れるよ(笑)。

天国なり地獄があれば天国に行けるような方法で生きたいとも思っている^^。
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