マッドハッターの保存の壺ブログ
ゲーム、小説、オカルトニュースなど気になったことを、日記として徒然に書いていく予定です。
イルカ言語は宇宙人探索の鍵?
タイトル通りのニュース?なんだが。

エイリアン探索の鍵となるイルカ言語!

以下引用。

イルカは長い間、地球上の最もインテリジェントな哺乳類の一つとして考えられてきました。

今イルカはエイリアン探索のため人間を助けようとしています。
海洋哺乳類の専門家は、イルカが何十年もの間、宇宙の秘密を明らかにする助けとなると考えられてきました。
地球外知的生命体の検索コミュニティ(SETI)は、イルカとエイリアンの間で言語的なリンクを見つけることを証明すると信じています。
新しい研究は、1961年の神経科学者ジョン・リリーによるイルカと話をしようと試みている研究に基づいています。
リリーの研究では、地球外生命の兆候をもとに、カリブ海で3匹のイルカと人間の音声を模倣する能力について研究していました。
これらの研究は、最終的には悲劇的に終わりました。

しかし、今の新しい理論は、独自に入ってくるテレメトリ( CHAT )デバイスなどの近代的な技術が適応されています。
イルカとの基本的な通信を確立するコンピュータインタフェースは、
ワイルドドルフィンプロジェクトによってイルカのスピーチと地球外生物のことをSETI研究所の天文学者によってリンクする研究に活用されることを期待しています。
Main-Alien-WOW-signal-
ローランス・ドイルは、イルカの言語は、エイリアンとの通信のためのガイドと主張しました。

引用元:http://www.mirror.co.uk/news/world-news/dolphins-key-hunt-aliens-scientists-7786148


引用元を見てみたら英ミラー紙2016.04.19の記事のようだ。
↑を読んで頂ければわかるが、「~と考えられてきました」「~と信じています」「~を期待しています」「~と主張しました」ばかりで、実にお粗末><。
新聞に書くなら、きちっと取材ぐらいしろと。
唯一事実として語られているのは「新しい研究は、1961年の神経科学者ジョン・リリーによるイルカと話をしようと試みている研究に基づいています。
リリーの研究では、地球外生命の兆候をもとに、カリブ海で3匹のイルカと人間の音声を模倣する能力について研究していました。
これらの研究は、最終的には悲劇的に終わりました。」って事ぐらいか。
ん、ジョン・リリーってあのリリー博士か?

ジョン・C・リリー←ウィキペディア。

現在のクジラ(イルカ)教とでもいうかクジラ崇拝カルトの原因となった人物。
↑ウィキペディアには詳細が書かれていないので↓もご参照願いたい。

鯨イルカ・イデオロギーを考える(Ⅳ) ― ジョン・C・リリーの場合 ―
(『人文科学研究第122輯』 (新潟大学人文学部、2008年7月)より)

三浦 淳
(新潟大学人文学部教授)


少し長いが、以下抜粋引用。

 やがてリリーはアメリカに戻るが、73年になってケタミンという薬剤を知る。 これも「内的現実」へのトリップを容易にする幻覚剤であり、彼はこの薬を常用するようになる。
 この頃になると、自伝の内容は露骨に神秘主義、或いはオカルトに接近している。 例えばアラン・ワッツが死去したとき、来世では赤毛の女の子に生まれ変わると言い残したが、少し前からリリーと恋愛関係に陥っていたアントニータ・レナ・フィカロッタ(愛称トニ)の娘ニーナが直後に生んだ女の子が赤毛だったとか、リリーが生涯で何度も事故で死にかけているのにその都度助かっているのは高次の力に守られているからだとか書かれている。 いや、このあたりまでならまだ笑って読み飛ばせば済むが、それに続いてリリーはこの「高次の力」をECCOと呼ぶようになるのだ。 ECCOとは、Earth(地球), Coincidence(偶然), Control(制御), Office(局)のことである。 ECCOはリリーを諜報員として選び、地球上で彼らの使命を実行させるために訓練している――とリリーは確信するに至る (356)。27)
 リリーはまた別のネットワークともコンタクトを始める。 それはSSIと称され、Solid(固形), State(状態), Intelligence(知性体)の略であって、コンピューターのような、宇宙全体に広がる固形の生命状態から構成されているという。 そしてこのグループはECCO(宇宙の総合的な秩序を代表しているように見える)とは逆の目的で働いていて、生命体や水生動物などを征服し、支配しようとしていた。 捕鯨やまぐろ漁業などにより、鯨類を絶滅させることがその手始めである。 ECCOのエージェントとしてのリリーの使命の一部は、このソリッドステート知性体による脅威を世界に警告することであった、という。 リリーはフォード大統領に警告しようとするが、電話がつながらなかった、と書いている。(357以下) 28)
 こうしたリリーの主張と行動は、言うまでもなく周囲の人々にしかるべき対応をとらせた。 つまり精神病院入りである。 実際にリリーは病院に入れられたが、退院してからもケタミンを手放さなかったという。 さらに、周囲がケタミン提供を渋るようになると別の薬剤を探し求めている。 完全に薬物中毒になっていたわけだ。 そして別の薬剤を服用して自転車に乗り転落して大けがをする。 自分は地球の人間の肉体に異星人が住み着いている存在だ、と言い出すようにもなる。 故郷の異星文明に戻ると偉大な存在になるが、地球では限界のある人間という存在に押し込められているのだ、と。 加えてこの時期の彼の信念からすると、人が心の領域において本当だと信じることは、ある限界内において本当であるか、本当になるというのであった。 心の領域には限界はないが、肉体には明確な限界がある、と。 また、「愛」を求める行為が周囲から批判されもした。 インタビューを受けながらインタビュアーの女友達に触り続けていたのでセクハラの嫌疑も受けた。 リリーの「内的現実」では、彼女と二人きりで愛を紡いでいたらしい(364)。
 以上、この時期のリリーを概括するなら、薬物中毒者が異常な行動を示し異常な世界観を披露していると言うしかない。
 ただ、こういう人間が周囲から完全に見放されたのかというと、そうではないところに問題の根深さがある。 60年代から70年代のカウンターカルチャーに発したアメリカ・ドラッグ文化は、東洋の宗教や神秘主義と結びついてそれなりの広がりを見せていた。 いわゆるニューエイジである。 たとえまともな科学者や政治家に相手にされなくなったとしても、リリーのこうした「世界観」を受け入れる人間は一定数いた。 前述の女性トニにしても、75年にリリーと正式に結婚して彼の三度目の妻となっている。 そうした支持層を基盤として、リリーの第二期のイルカ研究が始まってゆくのである。


G. 1976年、リリーは友人たちとともにヒューマン・ドルフィン財団を立ち上げた。 ここに彼の第二期イルカ研究が始まる。 彼はこの研究を「ヤヌス計画」と名付けた。 ヤヌスとは古代ローマ神話で普通の顔以外に後頭部にも顔を持つ双面の神であるが、顔の片面が人間、もう片面がイルカという含意で、異種間コミュニケーションを象徴させたわけだ。 60年代の第一期研究の頃と比べると高性能コンピューターが安く入手できるようになっていることから、イルカの「言語」研究も容易になったとの判断があったらしい。
 また、他のイルカ研究者への対抗意識も見逃せないだろう。 リリーは自伝のなかで、70年代には多くの人がイルカ研究を始めており、それは自分の研究からの影響であると述べている。 加えて73年の映画『イルカの日』に不快感を抱いた。 イルカに関する誤った知識が混入しているのに加え、自分の研究を下敷きにしていると考えたからだ。 そのため彼は著作権侵害で映画プロデューサーを訴えたが、敗訴している(404)。
 さらに、海軍との確執が表面化する。 60年代の第一期研究においてリリーが軍から資金を得ていたこと、イルカの軍事利用にも必ずしも反対はなかったこと、自伝で主張しているような平和主義を貫徹したとは言えないことはすでに指摘した。 つまり軍側からすれば、第一期のリリーの研究はそれなりに評価できるものだった、と考えられる。
 しかし第二期になると、リリーの研究はまともな人々から広範な注目を集めたとは言えなくなる。 この場合の「まとも」とは、研究活動を興味本位やオカルト趣味といった「面白おかしさ」からではなく、科学者や政府関係者などのように、純正な科学的立場から評価する能力を持つ人々、という意味である。
 例えば80年にナーバルオーシャンシステムセンターがイルカ研究についての会議を催したとき、多数の著名な科学者が招待されたにもかかわらず、リリーは除外された。 リリーはこれに抗議したが反応はなかったという(409以下)。 リリーはこれを不当なものとするが、第三者の目で見れば事情は明らかであろう。 第一期イルカ研究の彼はまだ科学者として評価されていたが、その後の幻覚剤常用による言動がたたってマッドサイエンティスト扱いされるようになり、もはやまっとうな学者たちからは相手にされなくなっていたのである。
 加えてリリーはこの会議について、外部のイルカ研究者に海軍が資金援助をすることで海軍の優位性を確保しようとする目的があり、またリリーの努力によって浸透したイルカが知的な存在だというイメージをくつがえそうとしていると非難している(410)。 イルカは知的な動物というイメージが、アメリカにおいて連邦の海洋動物保護法(MMPA)制定につながり、この法は捕えられたり殺されたりするイルカの数を制限するとともに捕えられたイルカの扱いを規定しているが故に、マグロ漁業に影響を与えていた。 漁師がイルカを殺さずにキハダマグロを捕獲するのは困難だったからである。 しかしリリーも認めているが、 MMPAが直接的に海軍にとって障害になるということはなかったのである。 常識的に考えて、イルカを守れという過激な声が漁業を営む人々の生計を脅かしかねないからこそ、MMPAや、その基盤となったイルカ高知能説への批判が起こったと考えるべきであろう。
 リリーの言い方では、レーガン政権のもとで軍事と関係する研究者のみが優遇されて政府から資金をもらい、そうした連中はリリーを批判するのみならず、イルカはリリーの言うようには知能が高くないと一般に思い込ませようとしているということになるのであるが、むしろオカルト趣味のリリーは政府関係者や実績のある科学者から相手にされなくなっていた、と理解するのが実態に近かろう。 つまり、リリーの言う軍隊陰謀説は本人の一方的な思いこみに過ぎないということである。
 そもそも第二期研究におけるリリーは第一期とは異なって資金不足に悩み、『イルカと話す日』といった著作を出版してその収入を研究に回そうとした。 (この著書の内容は、すぐあとで見るようにかなりカルトっぽいものである。) 軍からカネが入らないだけでなく、その他の外部資金もわずかしか入ってこず、そのためスタッフは専門的な訓練を積んだ学者ではなく、「イルカとの水遊びを通じて分かちあう安らぎに意義を見いだす熱狂的な若者」のヴォランティアが多数を占める(416以下)。 つまりこの第二期にあっては、リリーを支えていたのは冷静な科学者集団ではなく、わけの分からぬまま彼を教祖扱いするカルト集団に近いものだった、ということだ。 リリー自身ですら専門家の欠如が研究に悪影響を及ぼすことを自伝で認めているのに、である。 こうした惨状こそが、この時期のリリーが外部からどう評価されていたかを雄弁に物語っている。
 資金不足のために物理的な環境も第一期に比べて不備であった。 そして85年、ヤヌス計画は終わりを迎える。 リリーは自伝で色々言い訳をしているけれども、結局のところ彼はこの第二期研究では目立った成果は上げられなかったのである。 この時期の彼がもはや最先端の科学者でもなければ、まともな判断能力を持つ人々から注目される存在でもなくなっていたことの何よりの証拠だろう。 加えてこの第二期研究では相変わらず幻覚剤使用を続けており、そこから来るイルカの「集合意識」との触れあいを語ったりしているのだが、それは「言葉で言い表すことは到底不可能」なので、ついに他者にその真価を伝えることができないという代物なのである(415以下)。
 さて、では『イルカと話す日』はどんな書物だろうか。 科学的に根拠のある部分については、イルカの基礎知識や研究法が啓蒙的に紹介されているが、61年の著書を知っている人間からするとさして新味がない。 そして将来構想となると、SFまがいの代物である。 鯨は人間以上の思考力を持ち人間以上の遠い視野で過去や未来を見つめている、鯨は地球のたどった歴史を記憶している、鯨には人間と同等の法的権利を認めるべきである、鯨の倫理と哲学を理解して地球上・銀河系における人間の姿を見極めるべきである、国連に鯨代表を派遣する、鯨の持つ知識を利用した新しい産業ができる、米国国会図書館と鯨の間に電話回線網が設けられる――といった内容なのである。29) 繰り返すが、第二期のイルカ研究において、こうした仮説はどれ一つ実証・実現されることなく終わった。 そして第一期研究のさなかに出した『人間とイルカ』にあっては科学者としての節度を守った記述がなされていたのに対し、この『イルカと話す日』ではその節度が失われている。 マッドサイエンティストと呼ばれてもやむを得ない内容と言わざるを得ない。


シーシェパードなど反捕鯨活動団体の教祖様と言って良い人物。
彼の研究および言説(たわごと)が、イデオロギーの論拠となっている。
彼の初期の研究には軍が資金提供していたようで、そのあたりも彼の言葉に説得力を持たせる要因となっているのかも知れない。
後年は薬物中毒のオカルトな人となりはててしまったようだが。

三浦教授の論文はなかなか興味深い。
結構長い引用をしたが、これでも全体の10分の1ぐらい。
ご興味があれば全文お読み下さい^^。
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