マッドハッターの保存の壺ブログ
ゲーム、小説、オカルトニュースなど気になったことを、日記として徒然に書いていく予定です。
天誅物時代劇のこと
先日「桃太郎侍」のことを少し書いたが・・・

以前も書いたかな?と思ってブログ内検索をしてみたら出てこなかったので書いてみることにした(笑)。

1980年代、「天誅物」とでも言うべき時代劇が多かった。
現在は時代劇、ほとんど放送されていないが…天誅物がメインだった。

「水戸黄門」もある意味天誅物だが、助格は基本的には悪人を殺さない。
チャンバラシーンはあるものの基本峰打ちである。
クールを通しての悪役(大概忍者だが)は弥七や飛猿、照英(汗)など、同じ忍びによって殺される場面はあったと思うが、基本的には作中の悪人は法によって裁かれる運命にあった(悪役の自殺、自爆パターンも多い)。
そういう意味ではゴールデンタイム20時台に放送された「水戸黄門」は逆に特異だったのかも知れない。

私が若かった頃(笑)…30年ぐらい前だろうか、それこそ天誅物とでもいうべき時代劇真っ盛りだった。
極端な例を挙げれば「必殺シリーズ」。
権力者や富豪による悪を仕事人が「殺し屋として葬る」。
殺し屋が主人公な訳で確かに疑義が生じても仕方ないかな、とは思うがトリッキーな殺しの手法が話題を呼んだ作品でもある。
実は私は大好きだ^^。

その他にも天誅物はあまたある。
むしろ必殺シリーズが異端とでも言うべきか、当時当たり前だった。

公的権力を(隠然と)持った組織による天誅物も多かった。
「大江戸捜査網」などはその代表だろう。
警察権と司法権を持った特殊警察とでも言うべき存在なのだろう。
「ワイルド7」的な。
「江戸の鷹」もそうだった。
もちろん個人による天誅もあった。
「桃太郎侍」はまさにそれだ。
一応松平家の御落胤とはされていたが。

この手のドラマ、ドラマだからこそ善悪がはっきりしており最終場面での決め台詞なり殺陣なりがストレス解消になって面白かったわけだが、言ってみれば子供が喜ぶ特撮ヒーロー番組と基本同じ構造である。
だからといって批判したいわけではない。
むしろこの手の時代劇が少なくなって私は残念だと思っている。
「勧善懲悪」を言えなくなったテレビドラマに不満なのだ。

殺し屋による復讐って、確かにインモラルではあるがフィクションの世界でそれを否定するのはどうかと思う。
特殊捜査班による犯罪撲滅ってのも、それほど奇異には感じない。
国家転覆を目的としているような相手ならそりゃ殲滅もアリだろう、と思ったり。
「桃太郎侍」は微妙だが(笑)。
けど結構好きだ^^。

この手の時代劇での斬られ役の侍達。
単にその時その場所に偶然詰めていて、主人の悪事を知らずに曲者を捕らえようとした人もいるのだろうなぁ、と思ったこともある。

里見浩太郎氏主演の「長七郎天下御免!」(基本「桃太郎侍」的設定)で「悪に上下の隔たりは無し」といいつつ木っ端役人を切り倒しているのは逆にいたかった><。
そんなのはお約束でわざわざ言わなくていいんだよ…と思った。
なんだかこのあたりから時代劇への評価というか風当たりが強くなったような気がするのは私だけかなぁ。
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