マッドハッターの保存の壺ブログ
ゲーム、小説、オカルトニュースなど気になったことを、日記として徒然に書いていく予定です。
71年前の旧日本海軍の赤飯の缶詰発見される!
少し不思議だったニュース。

2015.7.31 10:53
【戦後70年】
71年前の旧日本海軍の缶詰、中身は「赤飯」だった 小豆島で17個見つかる


以下引用。

 香川県土庄町のアートギャラリー「MeiPAM」(磯田周佑代表)の施設から、木箱に入った旧日本海軍の缶詰計17個が見つかり、30日、同ギャラリーのスタッフが公表した。

 缶詰は直径8・5センチ、高さ11・5センチで415グラム。品名は「赤飯」。ラベルには昭和19年に広島県尾道市で製造されて神奈川県の横須賀海軍軍需部に納入したことなどが記されている。

 同施設は明治初期に建てられた倉庫で、平成22年に同ギャラリーが同町内の米穀店から購入し、アート作品の展示スペースとして利用。米穀店では飼料などの保管庫に使っていた。建築された当時はしょうゆ製造の施設だったという。

 同米穀店によると、缶詰は、太平洋戦争中、海軍の食糧などの調達部に所属していた店の親族が、海軍の様子を知ってもらおうと小豆島の家族に持ち帰った物資のひとつという。

 施設の改修中にタンスや日用品、ひな人形などにまざって発見された旧日本海軍の缶詰。同ギャラリーでは、太平洋戦争末期の軍の食糧物資はたいへん貴重だとして、8月1~31日に同施設で展示する予定。


画像もあるが確かに赤飯のように見える。
特にいたんでいるようには見えない…食べられるかどうかは別にして(汗)。
膨らんでたりはしていなかった?ようだ。

軍用の保存食だと思われるが、赤飯があった事にまずびっくり。
てのが、どーゆー時に食べたのか?
赤飯って、基本的にはおめでたい時、お祝い事で食べるものだ。
戦闘で勝利した時に食べていた?とか??
うちでも時々オーダーがあるのだが、子供さんの一歳の誕生日などに内祝として利用される方が多い。
ってことはそういう時に食べるのか?

…缶詰って事はおそらく軍船に積まれていたって事だろう。
当時の、というか現在でもそうだろうが戦闘艦の上に一歳の誕生日を迎える子供がいるとは通常考えられない。
避難民の移送などの任務であれば考えられなくはないが、そんな事態で赤飯ってのもな…
そういう配慮があればそりゃ親御さんは嬉しいだろうが。

乗組員の子供さんが一歳の誕生日を迎えた時に振る舞われた、ってのなら考えられるかなぁ。
あるいはもっと普通に考えれば祝祭日に振る舞われたのだろう。

赤飯というのは普通のご飯とは異なり、炊くものではない。
蒸籠で蒸して作る。
揺れる艦船内での調理は困難だったのかも知れないし、調理用水に限度もあったことだろう。
だから缶詰なのか?と思ったりした。

で、もう一つ疑問点が(汗)。
缶詰って生の食材を缶に詰めて加熱加工して製造する物だと思っていた。
…蒸籠蒸しの赤飯をどうやって缶詰で作ったのだろうか??
想像力を働かせてみる。


…わからない(笑)。
缶の中に詰めたもち米を蒸すことはどう考えても不可能なので、赤飯にした後に缶に詰めたんだろうか?
それじゃ缶詰の保存性に一抹の不安が…
案外赤飯チックなうるち米を赤く染めただけのものだったりして。

発見されたのが小豆島ってのに因縁を感じた。
無論の事、赤飯に使用する豆は小豆である。
赤い色も小豆のシブで染めるのだった。

最近では缶詰で購入する事のあるのは、ホールトマトとオイルサーディンぐらいだが(汗)、子供の頃は夏食べる冷やした蜜柑とか桃の缶詰好きだったなぁ(笑)。

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